2018年2月17日土曜日

長い入院生活

生後11ヶ月の娘は、脊髄に菌が入り込み、レントゲン写真では、
頭の中がパンパンに貼れ、髄液におされて脳が変形していました。

このせいで、おむつを変える時に首をまげる度に激痛が走るのです。
だから、今まで聞いたことのない鳴き声で泣き叫んでいました。

点滴による抗生剤の投与が始まりました。
髄液注射も何度か行いました。
これは、大人でもものすごく痛くて泣いてしまうそうです。
「お母さんは、外で待っててくださいね」と、
看護師さんに言われて病室の外で待機させられました。

きっと、押さえつけられての脊髄への注射。
親が見ていられないくらい辛いものなのでしょう。
娘の叫びにもにた声に耳を塞いでしましました。

「ごめんねごめんね、、」

こんな辛い思いをさせてしまった私は、本当に酷い母親だと思いました。

それから、娘の高熱は一ヶ月続きました。
一ヶ月もの間、小さな体で菌と戦い続けました。
輸血も何度もしました。
それからは、
少しづつ回復の兆しがみえてきて、40日目にやっと退院できました。

娘が退院できて私が最初にしたことは、

発泡酒を呑むことでした。

あれほど、娘の苦しむ姿を見ながら、まだ、酒を飲みたい気持ちが
勝ってしまうダメな母親。

酒を飲むと悪態をついたり、歯止めが効かなくなり酒乱になる母親。
こんな母親に育てられる子供は本当にかわいそうだと思います。

毎日夫と夫婦ゲンカになり、子供たちに毒を振りまいているようなものです。
娘が病気になったのも、こんな生活をつづけていた天罰だと思いました。

天罰は、わたしだけに当てればいいのに、私にとって、一番苦しむ状況でふりかかって来たのです。

私は、こんな自分がとても嫌で嫌で仕方がありませんでした。
酒をやめたいやめたいといつも思っていました。

二、三日やめてても、どうしても飲みたくなり、
発泡酒をあけてしまうのです。

こんな生活を続けていて、まともに育てられるわけがありません。
それからは、子供がいろんな姿を見せてくれました。

子育ての大先輩に、
少学校低学年までくらいは、子供の病気や怪我は、
親の間違った姿を表してくれているのだと教えてもらいました。

子供がすくすくと育つためには、夫婦が仲良くすることが一番です。
その姿を子供に見せることです。

わたしは、全く逆のことをしていました。
それは、酒を呑むからだとわかっていても、やめられませんでした。







娘の病気

夜間救急当番の札幌時計台病院だったと思います。

そこでの診断は、熱性けいれんでした。

子供にはたまにあることだと言われて少し安心した記憶が。。

しかし、次の日もまた次の日も熱は下がらず、二度目の痙攣を起こしてしまいました。

おむつを変える時に、ギャーギャー泣きわめくのです。

何かがおかしいと思いました。

たまたま近くに評判のいい小児科がありました。

祈るような思いで駆け込みました。

すると、先生は
「これは、髄膜炎かもしれません。」
「紹介状を書きますから、今すぐ、大きな病院で検査してもらってください!」
と険しい表情で言われました。

すぐに札幌病院に向かい検査した所、「細菌性髄膜炎」の診断でした。

脳の髄膜にインフルエンザ菌が入り、命を落とす子供も五人に一人。
助かっても、難聴の後遺症などが残ります。

「お母さん、覚悟してください」と言われてしまいました。

わたしは、目の前が真っ暗になり、震えが止まりませんでした。

その日から特別室に入り、泊まり込みでの看病生活が始まりました。

夢を見ている感覚に陥り、その日は高熱まで出てくる始末。

相変わらず、40度近い熱をだして娘は苦しんでいるのに、
私は何もできませんでした。

(続く)







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