2018年4月16日月曜日

断酒とは酒をやめることではなく、 のめなくなることである


66.断酒とは酒をやめることではなく、
のめなくなることである 




 「酒をやめる」という言葉には自主的な意志を感じる点もあるが、他からの強制によって「やめている」という一面もない訳でもない。

 酒をやめた当初は「やめねばならない」という心の働きはあっても、「少しぐらいは飲んでもいいだろう」という誘惑を抑えるのに苦労する時でもある。


 それは、「自分は酒害者である」という認識のうすい時でもあるから、誠に止むを得ない。

 しかし、この我慢しながらでも、「酒をやめる」ことを続けているうちに、いつしか自己反省の心が強くなり、過去の己の所業を思い出しては身震いするようになるものです。

 こうなればますます素直になり、自分をとりまくあらゆる人間に感謝の心で一杯になり、酒で苦しむ人達への奉仕に明け暮れるするようになれるのです。

 こうなれば、もう「酒をやめる」というより「酒は飲めなくなる」心境であって、まさにこれこそ断酒道の極意と言えるかもしれません。 

おはようございます!
ヒロです。

今月、昔勤めていた会社からお声がかかり、
アルバイトに行っています。
大型連休前は、毎年忙しいのです。

その会社は、細かい手作業が多いので、アルコール依存症の
手の震えが酷くて、やめざるを得ませんでした。

しかし、ありがたいことに、又お声がかかり、
今度は、ノルマを完璧にこなすことが出来ました。
まだいけそうです^_^

きょうも楽しみです。
世の中に貢献出来るって、本当にうれしい! 

そして、お金も貰えるw
(城タイプは、お金に細かいらしいw、悪く言えばケチ!(^^))
※個性学については、また、今度お話ししたいと思います♪ 

そのパートのチーフ長に、
「また、パートとして来てくれませんか?いつでも連絡まってますよ」
という、ありがたいお言葉をいただきました。。

しかし、老齢の父と母が浮かび、すぐにお断りさせていただきました。
そのかわり、忙しい時には、アルバイトとしてお声をかけてください。
と申しました。

父と母にまだ恩返しをしていません。
わたしは、身体の不自由な父と、それを支える母のお手伝いが
したいと思いました。

生活の方は、切り詰めればなんとかなっています。
苦しいけど^^;
夫が働いてくれるから、本当にありがたいです。

しかし、母に気を使わせていることも、申し訳ないなあと思います。
「お父さんとお母さんは、大丈夫だから、アンタの身体が心配じゃ」
と、よくいいます。

昨日は母と畑仕事を少しだけしました。
風が強いので、大きくなってきたそら豆が倒れないように
支柱を埋めて、すずらんテープで補強する作業をしてきました。

手を痛めて、ちょっと不自由な母も、助かった~ありがとう、、と
喜んでくれました。
わたしも帰ってきたかいがありました。

ある講師の先生が、
「母親というものは、アンタを産んだことが一番幸せと思ってるんだよ」
と言っていました。
母もそう思ってくれてるのかな?

確かに、わたしは、3人の子供たちと出会えたことが、
この上ない喜びになってきました。

酒を飲めなくなって五年目の今、そう強く感じるのです。


きょう一日
あなたとともに
一分一秒断酒。





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